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甲府地方裁判所 昭和61年(ヨ)155号 決定 1987年5月29日

債権者

川口重雄

右代理人弁護士

寺島勝洋

関本立美

加藤啓二

債務者

朝日石綿工業株式会社

右代表者代表取締役

安部成一

右代理人弁護士

竹内桃太郎

石川常昌

吉益信治

主文

一  債務者は、債権者に対し、金一九五万七〇〇〇円及び昭和六二年六月から本案第一審判決言渡しまで毎月二五日限り月額金一九万五七〇〇円の割合による金員を仮に支払え。

二  債権者のその余の申請を却下する。

三  申請費用は債務者の負担とする。

理由

第一当事者の求めた裁判

一  申請の趣旨

1  債権者が債務者に対し、雇用契約上の地位を有することを仮に定める。

2  債務者は、債権者に対し、昭和六一年八月から本案判決確定まで毎月二五日限り月額二五万五五一〇円の割合による金員を仮に支払え。

3  申請費用は債務者の負担とする。

二  申請の趣旨に対する答弁

1  本件申請をいずれも却下する。

2  申請費用は債権者の負担とする。

第二当裁判所の判断

一  当事者に争いのない事実及び本件疎明により一応認められる事実は次のとおりである。

1  債務者は、主として石綿スレート製品及び石綿製品の製造・販売を目的とする資本金二三億四〇〇〇万円の株式会社であり、山梨県には石綿製品を製造する山梨工場を設置していたが、昭和五七年八月、右工場関係の事業を独立した事業部門とするため山梨関連事業本部を設置し、更に、昭和五九年七月、右事業本部を自動車関連事業本部(以下、これらを通じて「山梨工場」という。)と改称した。

債務者の昭和六〇年度(昭和六一年三月決算)の売上高は五〇九億四五〇〇万円であったが、このうち自動車関連事業部門の売上高は六七億二九〇〇万円であり、約一三パーセントを占めている。

債務者の就業規則四〇条は、従業員の解雇事由を定めているが、その一一号には「事業の縮小又は合理化の冗員が真にやむを得ないものと認められるとき。」と規定されている。

2  債権者は、昭和四二年一二月、債務者山梨工場の臨時製造員として採用され、昭和四四年三月、製造社員として登用された。その後、債権者は、原動部に配置され、ボイラー作業に従事していたが、昭和六〇年九月、原動部の廃止に伴い石綿板部に配置された。

3  債務者の経営は、いわゆる第一次オイルショックのころから不振となり、経常損益において、昭和五〇年度(昭和五一年三月決算期)に約八億七〇〇〇万円の損失となり、その後昭和六〇年度までの一〇年間に、損失を計上した年度は五回、その金額は、約一億二〇〇〇万円ないし八億三〇〇〇万円であった。これに対し、債務者は、一部工場の閉鎖等の合理化、生産カルテルの実施等により対処し、一定の効果を挙げたが、山梨工場は、債務者内部の経理制度による損益計算では、昭和四八年度から継続して、約一億七〇〇〇万円ないし五億九〇〇〇万円の損失を計上し、会社全体の業績に大きな負担となった。

4  このような中で、債務者は、昭和六〇年四月、山梨工場につき、「自動車関連事業本部収益改善対策」を策定し、この実施による一部品種の生産中止、機械設備の自動化等によって昭和六三年三月までに生じる余剰人員(総人員三九四名のうち一三九名。製造社員男子は定年退職者を除き九〇名)については、配置転換(以下「配転」という。)等を実施することにした。そして、債務者は、昭和六〇年四月一九日、朝日石綿労働組合連合会(以下、「本部組合」といい、その山梨支部を「支部組合」という。)に「自動車関連事業本部の収益改善対策に伴う在籍組合員配置換えの件」を提示し、在籍組合員の配転、職種変更等の実施につき組合の協力を依頼した。その後、債務者は、中央労働協議会、山梨工場における説明会等を通じ、本部組合、支部組合及び山梨工場従業員に対し、収益改善対策等についての説明、質疑応答をし、その結果、本部組合は、同年六月二〇日、収益改善対策に関する会社申し入れを受諾する旨回答し、支部組合も、同年七月六日、支部大会において、本部方針受入を決議した。

5  その後、債務者と本部組合は、配転者の移転条件について協議を続け、昭和六〇年一〇月三日の中央労働協議会において、移転条件について両者の合意が成立した。これを受けて債務者は、同年一一月六日、支部組合に対し、石岡工場への移転希望者をまず七名募集したい旨申し入れたところ、支部組合は、これを了承する一方、希望者がない場合には指名配転もやむをえないが、その実施は、これに応じられない者の退職条件決定後にしてもらいたい旨申し入れた。このため、債務者は、転勤希望者の募集を二回にわたり行う傍ら、本部組合と退職条件につき協議し、同年一二月二〇日の中央労働協議会において、両者間に、配転指名に応じられず退職を申し出でた者についての退職金の上積み等を内容とする合意が成立したが、右転勤希望者の募集には応ずる者がなかった。

そこで債務者は、石岡工場への配転者を指名することとし、同年一二月二六日、本部組合及び支部組合に対し、転勤指名者の選定基準、右基準を採用した理由、指名順序、人員等を明らかにして協力を依頼した。その選定基準は、定年退職予定者及び公傷者を除き、直近三回の勤務考課点の低い者からというものであり、殆どの従業員が地元出身者で同様の環境にあることから、右基準のみによることとしたものである。

6  債務者は、昭和六一年一月四日に七名に対し第一次指名を、同年三月二四日に七名に対し第二次指名を、同年四月二三日に四名に対し第三次指名を行った後、同年六月二日、債権者を含む三名に対し第四次指名を行った。

これに対し債権者は、石岡工場への配転に応ずることも退職することもできない旨債務者に伝え、当庁に、債務者を相手に、配置転換処分効力停止仮処分の申請をした。債務者は、債権者に対し石岡工場への配転を命ずる権限のないことは認めたが、前記就業規則四〇条一一号の定めに基づき債権者を解雇せざるを得ないと判断し、同年七月四日、支部組合に対し、地方労働協議会の開催を申し入れた。そして、同月七日の地方労働協議会において、債務者は、債権者に対する説得の経過、債権者を解雇せざるを得ない事情等について説明し、今後、石岡工場その他の事業所への配転指名に応ぜず、退職もしない者については解雇せざるをえない旨申し入れ、翌八日の地方労働協議会において、組合は、債権者の解雇に同意するとともに、前記収益改善対策終了まで同じ事象が生じたときは、解雇も止むを得ない旨回答した。

そこで債務者は、同月一〇日、債権者に対し、石岡工場への配転命令を撤回すると同時に、労働協約五〇条一一号に基づき解雇する旨の意思表示(以下、「本件解雇」という。)をした。右協約の条項は、「上記の他労働協議会に付議された解雇基準に該当するとき。」というものである。

なお、前記第四次指名までの対象者のうち、債権者と配転に応じた一名以外の者は、すべて退職した。

7  債権者は、本件解雇当時、支部組合の組合員であり、昭和四七年度及び昭和五一年度から同五四年度までの間支部組合の副支部長、昭和五五年度から同五九年度までは同組合の書記長の地位にあった。そして、債務者会社の前記収益改善対策及びそれに基づく人員計画につき、本部組合は当初から受入の意向を示していたのに対し、債権者及び支部組合は「合理化」として受入を拒否していた。しかし、支部組合の中で次第に債務者案の受入派が数を増し、債権者は、少数派となり、結局、前記のとおり支部組合は、昭和六〇年七月に本部組合の方針を受け入れた。

他方、前記の債権者らに対する配転指名は、昭和五九年冬、昭和六〇年夏及び同年冬の三回の勤務考課点の合計点に基づき行われたものであり、債権者の点数は、定年退職予定者を除き、低い方から二五番目であった。

二  以上の事実を総合すると、債務者会社の山梨工場については、人員整理の必要性が認められ、また、解雇を避ける措置として石岡工場への配転が試みられているから、前記就業規則四〇条一一号の事由があると認めるべきである。もっとも、男子製造社員九〇名を削減する計画であるのに対し、第四次指名の段階では二三名が配転指名を受けたにとどまるが、前記のとおり、指名を受けた者のほぼ全員が退職をしていることに照らせば、整理解雇の措置をとる前に、右計画数に達するまでの配転指名を先行させるべきであるということはできない。

そこで、債務者が右就業規則の規定に基づき債権者を解雇したことが解雇権の濫用にあたるか否か(労働協約との関係はひとまず措く)について検討すると、前記のとおり債務者は山梨工場の収益改善対策及びそれに伴う要員計画について、本部組合、支部組合及び山梨工場従業員に説明を尽くし、組合の同意を得ていることが認められる。また、人選の基準についてみると、債務者は、石岡工場への配転指名を前記の基準に基づき行い、債権者がこれに応じなかったため、債権者を解雇したものと認められるところ、労働契約上の配転命令権の範囲を超える配転指名に応じない労働者を、それのみを理由に解雇できないことは言うまでもないが、他方、整理解雇の要件が備わっている以上、当該労働者を整理解雇の対象とすることが許されることも論をまたない。そして、直近三回の勤務考課の合計点によるとした債務者の前記基準は、単純に過ぎる嫌いはあるが、九〇名にのぼる員数を公平に人選する基準として、合理性のないものということはできず、石岡工場への配転指名が整理解雇の回避手段としてなされたことに照らせば、右基準を同時に整理解雇の人選基準とすることが不合理であるということはできない。

しかしながら、債権者の具体的人選についてみると、右基準に基づく債権者の考課点が低位であったことは前記のとおりであるが、債務者が基準とした勤務考課は、昭和五九年冬、昭和六〇年夏及び同年冬の三回のものであり、後の二回は、債務者が山梨工場の収益改善対策を策定し、労働組合等と協議をし、その同意を得ようとした時期、又は、その後にあたり、そのころ債権者が、支部組合の役員等として、債務者及び本部組合の方針に反対し、結局、支部組合においても少数派となったことは前記のとおりである。そして、本件疎明によれば、債権者の昭和五九年冬の勤務考課合計点に比し、昭和六〇年夏及び同年冬のそれは、相当低くなっていることが一応認められる。そうすると、債権者に対する勤務考課が、公正・公平になされなかった可能性が十分あるというべきところ、右考課点については合計点を知り得るのみで、その具体的内容を明らかにする疎明は全くない。従って、整理解雇の対象者としての債権者の具体的人選は、形式的には前記基準に従ったものとしても、相当性、合理性が認められないというべきである。

右の点に加え、就業規則四〇条一一号に該当する事由が認められることは前記のとおりであるものの、債務者会社の規模、山梨工場の会社全体の中での地位等に照らせば、山梨工場における人員整理が極めて緊急性を要するものとはいえないこと、及び前記人選の基準が単純なものであることを総合考慮すると、債務者のした本件解雇は、解雇権の濫用に該当し、無効であると解する余地が十分あるというべきであり、従って、債権者の被保全権利は、一応これを認めることができる。

三  他方、本件疎明によれば、債権者は、本件解雇当時、毎月二五日に給料の支払いを受けていたが、昭和六一年六月の基本給は一九万五七〇〇円であり、この他に定額の家族手当、住宅手当、通勤手当が支給されていたこと、債権者の家族は、両親、妻及び二人の子(当時、小学校六年生及び四年生)であり、父と妻にも収入がある一方、自宅の新築のための借入金の返済に毎月九万三〇〇〇円をあてていることが一応認められる。従って、債権者が、本件解雇によって給料の支給を受けられないことにより、経済的に極めて困難な状況にあることは明らかであり、これによる損害を避けるため、前記基本給に相当する賃金の仮払いを受ける必要性があると認められる。

しかしながら、賃金の仮払いの他に、一般的に債務者に対する雇用契約上の地位を確認する必要性を認めるに足りる疎明はなく、保証をもって疎明に代えさせることも相当でない。

四  よって、債権者の本件申請は、主文第一項の限度で理由があるから、保証を立てさせないでこれを認容し、その余は理由がないから却下し、申請費用につき民事訴訟法八九条、九二条但書を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 鈴木健太)

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